🧪 今日の観測テーマ:肩書きは情報ではなく“不安緩衝材”として使われることがある
👁🗨 観察対象
上司C:話題の前に必ず“権威ワード”を添える
部下D:内容は理解しているが、毎回モヤッとする
観測者A:感情と構造を切り分けて観測する役
傍観者B:読者の「それ、いる?」を代弁する役
🎭 会話の冒頭に置かれる“肩書きクッション”
会議室。
雑談とも報告ともつかない空気の中で、Cが切り出す。
C:「あのね、京大卒の方が中途で入ります。」
一拍。
D(心の声):(……で? 仕事内容に関係ある?)

来ましたね、“内容の前に肩書きを置く儀式”。

話の前に“権威バリア”展開。
📎 「労務士に確認取ってます」という魔法の一文
別の日。
C:「この件は、労務士に確認取ってます。」
Dは資料を見ながら思う。
D(心の声):(聞いてないのは“誰に”じゃなくて“どうなるか”なんだけどな。)

Cさんは結論より“誰経由か”を重視しますね。

肩書きで話を補強するタイプだ。
📘 観測ログ:Cは“内容”より“後ろ盾”を先に提示する傾向がある
🔍 なぜそんなに修飾語が必要なのか?
Cの話し方には、一定のパターンがある。
- 京大卒
- 労務士
- 元○○の
- 大手出身
- 専門家が言ってた
どれも情報の前に置かれる。

これは“説明”ではなく“免責”に近い。

先に『すごい人が言ってます』って言えば、安心だもんね。
🧠 Aの分析:肩書きは“判断を外注する装置”
観測者Aは、ここをこう見る。

Cさんは、自分で判断している感じを持ちたくないんです。
● 内容を語る
→ 自分の責任が発生する
● 肩書きを語る
→ 判断を“外部”に委ねられる
つまり肩書きは、責任を分散させるためのクッション。
📘 観測ログ:不安が強い人ほど、判断の根拠を“人”に求めやすい

中身より“誰が言ったか”重視だね。

ええ。判断を預けると安心するタイプです。
😶 Dが感じる“説明されてない感覚”
Dのイラつきは、「京大卒がどうこう」という話ではない。
- 肩書きは聞いた
- でも中身がない
- 結論が遅れる
この “話が進んでいない感じ” が、地味に神経を削る。

情報が増えてるのに、理解は進んでない。

肩書きは情報量を増やして、思考量を減らします。
🪞 Dの中の、少し複雑な解釈
Dは、Cの過去を知っている。
- 幼少期に家庭が不安定だった
- 父親から強い圧を受けた
- 貧困母子家庭で育った
Dはこう解釈している。
D(心の声):(もしかして…“自分の言葉”が信用されなかった人なのかもな。)

Dさん、ちゃんと“理解しよう”としてますね。

それでもイラつくの、すごく普通だよ。
理解と感情は、別物だ。
⚖️ 理解できても、イラつく理由
ここが重要な観測ポイント。
背景を理解しても、雑なコミュニケーションで疲れる事実は消えない。
- 毎回肩書きを挟まれる
- 話のテンポが崩れる
- 判断が遅れる
これは 構造的なストレス。

共感はできても、負担は減らない。

むしろ“分かってあげてる分”疲れることもあるよね。
🪞 まとめ:肩書きは“安心の代用品”
Cにとって肩書きは、
- 自分を守る
- 話を正当化する
- 責任を外に逃がす
ための 安心ツール。
でもDにとっては、
- 話が長くなる
- 中身が遅れる
- 判断が進まない
という 認知的ノイズ になる。

肩書きが多い会話ほど、不安が多い。

そして聞く側は、ちょっとずつ削られる。
あなたがイラっとするのは自然だ。
それは、言葉の装飾より中身を求めている側の感覚 だから。
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🔖 ひとこと(観測者Aより)

肩書きが多い会話は、判断を遅らせるための緩衝材である。
