感情文と事実文の違い|「気持ち」を書いた瞬間に、話がズレ始める理由【解説記事#22】

今日のテーマ

なぜ同じ出来事を扱っているのに、

  • 話が噛み合わない
  • 不毛な応酬になる
  • 最後は感情論で終わる

という事態が起きるのか。

理由は単純だ。

感情文と事実文が、同じ文章内で混線しているから


感情文と事実文は、役割が違う

まず大前提。

  • 感情文が悪い
  • 事実文が正しい

という話ではない。

用途が違う。

  • 感情文:内面の処理
  • 事実文:状況の共有

問題は、

事実共有の場に感情文を持ち込むことだ。


感情文は「評価」、事実文は「記録」

例を並べる。

  • 「配慮が足りなかったと思います」
  • 「失礼な対応だったかもしれません」

これはすべて感情文だ。

一方、

  • 「◯時に連絡があり、◯時まで返答はなかった」
  • 「事前の連絡なく開始時刻を過ぎた」

これは事実文。

感情文は
👉 意味づけ
事実文は
👉 出来事そのもの

両者は、同じ土俵に立たない。


なぜ人は感情を先に書いてしまうのか

理由はひとつ。

そのほうが安全だから。

感情を書くと、

  • 相手は反論しづらく
  • 空気が柔らかくなり
  • 責任の話が後回しになる

これは
👉 私起点の文章の危険性【解説記事#21】
と同じ構造だ。

感情は、議論を始めるための言葉ではなく、
終わらせるための言葉として使われる。


感情文が議論を壊す瞬間

感情文が入った瞬間、論点はズレる。

  • 事実の確認 → 気持ちの否定
  • 判断の検証 → 人格批判

結果、こうなる。

「そんなつもりじゃなかった」
「傷ついた」

ここから先、

何も前に進まない。


事実文が「冷たい」と言われる理由

事実文は、

  • 感情を代弁しない
  • 評価をしない
  • 空気を読まない

だから、

冷たい
思いやりがない

と言われやすい。

だが実際は逆だ。

感情を混ぜないから、対立が起きにくい。

事実文は、相手を攻撃しないための
最小摩擦の文章でもある。


実務で起きる典型的なすれ違い

教育・仕事・家庭。

感情文が先に出る場では、

  • 判断基準が共有されず
  • 責任の所在が曖昧になり
  • 不満だけが残る

一方、事実文が残る場では、

  • 誰が何をしたかが残り
  • 判断の修正が可能になり
  • 感情の衝突が減る

成果が出るのは、感情が薄い現場だ。


巻き込まれないための観測視点

感情文の多い人を変える必要はない。

見るべきはこれ。

  • この文章は、処理のためか
  • 共有のためか

対応はシンプルだ。

  • 事実に書き直す
  • 時系列に戻す
  • 評価語を削る

感情文は、事実文に変換できる。


🪞まとめ|事実文は、人を守る文章である

感情文は、心を守るための文章。

事実文は、
関係を守るための文章だ。

混ぜると壊れる。

だから、

  • 記録は事実で
  • 感情は別で処理する

それだけでいい。

感情が強い時代だからこそ、
事実文を書ける人の価値は、
静かに上がっていく。


🧭 関連記事

🧠 私起点の文章の危険性【解説記事#21】
🧠 謝罪文で責任を消す人の心理【解説記事#19】
🔭 事実だけを書いた報告書が読めない人たち【観測記事#16】

タイトルとURLをコピーしました