🔍 問い:なぜ「能力不足」は認められないのか
職場でよく見かける行動がある。
- 苦手分野を避ける
- 肩書を変えて責任を逃れる
- できない仕事を他人に回す
これは怠慢ではない。
“存在不安からの防衛反応” だ。
肩書は「能力」ではなく「鎧」になる
自己保身が強い人にとって、
できない=無価値
失敗=存在の否定
という極端な図式がある。
そのため、
- 能力を伸ばす
ではなく - 肩書を操作する
という選択をする。
肩書は評価の道具ではなく、安心を守る防具になる。
なぜ逃避は「連鎖」するのか
自己保身型の逃避は、必ず他人に影響を与える。
- Aが逃げる
- Bが代わりに背負う
- Bが疲弊する
- 組織全体が歪む
これが 逃避の外部化。
逃げた本人は軽くなるが、
チーム全体の負荷は増大する。
日本的職場が自己保身を加速させる理由
日本の職場では、
- 失敗=恥
- 無能=排除
という無言の圧が強い。
その結果、
「できません」と言うより
「できるフリ」を選ぶ方が安全
という心理環境が生まれる。
自己保身は、個人の問題ではなく文化的適応でもある。
なぜ自己保身型の人ほど責任を取らないのか
責任を取る行為は、
- 失敗を認める
- 自分の限界を見る
ことを意味する。
自己保身型の人にとって、
これは耐えられない痛みだ。
だから、
- 言い訳
- 体調不良
- 肩書変更
という「逃げ道」を常に確保する。
🪞 結論:自己保身は“弱さ”の問題ではない
逃避する人は、
- ずるい人
ではなく - 壊れないために必死な人
であることが多い。
しかしその防衛が続く限り、
- 信頼
- チーム
- 組織
は確実に壊れていく。
観測者にできるのは、責めずに距離を取ることだけ。
